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2009年1月15日 (木)

決断~2009年正月 三社詣り~

 いつもの年は東シナ海を望む小高い丘に立つ「波の上宮」から参拝を始める。「波の上宮」1社で終わらせることもあった。

今年は三社詣りすることに決めたので順路となる出雲大社からのコースにした。大社は分社であろう、小さな社である。

ここでは参詣だけを済ませて、奥武山公園内の護国神社に向かった。

元日は南国沖縄に不似合いな北からの寒風が強かった。

 奥武山公園は空港から車で5分、モノレールでは2,3分で着く位置にある。モノレールは奥武山公園敷地の四方の2辺を囲うようにして走っている。公園駅と壺川駅が公園の入り口駅となっている。俊介はモノレールで訪れる事があるが、その時は壺川駅で降りる。国場川が駅と公園の間に割って入って海へと流れている。俊介は駅から公園に向かって国場川を横切る橋を渡るのが好きだからだ。

奥武山公園内の建築中の那覇市民球場は骨格がほぼ立ち上がっていて、周囲の公園風景を圧倒していた。

年毎に正月の参拝客が増えている気がする。

そういえば、元日の参拝はここ3年間で、その前は実家の近くの社を参拝していた。沖縄では3日か4日にしか参拝したことはなかった。それも「波の上宮」だけであった。

護国神社ではお神酒の無料サービスがあり、あまり待つ人もなかったので列に加わった。

お神酒を飲み終えて、ふと目を上げた瞬間、目の前に次女が通り過ぎて行った。次女が沖縄にいるわけではないから、よく似た女性である。

「次女にそっくりだよ」

しのぶの腕を取り、そっと指差す。

「あまりよく見えなかった。そういえば、この前は長女に良く似てるといったよね」

この数年、妻や長女や次女のことをよく思い出す。夢にも見る。

俊介の気持ちが、家庭に近づけば近づくほど、俊介と家庭との距離が遠くなっていく気がする。

「平河」

彼の品のない遊び人風体を思い浮かべた。

「許せん」

俊介は高鳴る鼓動を深呼吸で抑えた。参道を行き交う人々の晴れやかな服装も楽しげな屈託のない笑顔までもが俊介を空虚な谷間へと引きずりこんで行った。

「波の上宮」は大層にぎやかだった。

昨年はK社とのトラブルがあり、しばしばここを参拝した。神頼みをした。

おみくじを買ったが大吉であった。昨年も大吉だった。妻が

「大吉より吉のほうがいい」

と言っていたのを想い出す。吉はこれから大吉に向かって運が上向いていくからだと言う。妻の父は棟梁であったからこういうことは詳しい。

天照大神と波の上宮のお札と家内安全・商売繁盛のお札、沖縄ではどこの家庭でも正月には祀ると言う竈のお札と破魔矢を揃えた。

露店で小さな「丑」の置物を求め、饅頭をふたつ買ってもう1社参拝することにした。

地元では車のお払いに行く「成田山」である。

那覇市内から車で30分のところの中城村の小高い里山のような山の中腹に、東シナ海を見下ろすように建っている。

晴れた日などは遠く知念半島が眼下の中城湾を抱き込むようにして東シナ海へと延びている景色が俊介は好きだった。

この日は風がなお強く、寒かった。

元日が明けたばかりの0時過ぎ、平河から年賀のメールが届いた。

あの悪夢の幕開けであった8月24日の平河からのメール。

アドレスだけを記載したメールが何を意味するのか判らなかった。そのとき不気味さに戦慄を覚えた記憶が蘇えった。

今年もこれが新年の幕開けかと思うと真の闘いがはじまるかと思うと憂鬱だった。

しかし負けるわけには行かない。どんな手を使ってでも勝たねばならないと意を決した。

そんな三社詣りであった。

心は寒々と冷え切っていた。

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